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高齢者のアルコール依存症 認知症とその後の生活

昨日、父の病院に行ってきました。
担当の先生から父の現在の病状説明と、今後の予測、
そして退院後の生活についてのアドバイスなどを頂いてきました。

現状は、アルコールによる脳萎縮のため、軽度の認知症がみられること。
もともと持っていた糖尿病は、食事のコントロールで血糖値は安定しており、
毎朝1錠の薬だけ服用しているとのこと。
他、内臓疾患は特になし。
徐々に体力も回復。
救急車で運ばれた6月末はベッドから起き上がることもできませんでしたが、
3か月経った今は杖をついて自分で歩けるほどになりました。

今後も規則正しい生活を送っていけばも体も脳ももう少し回復がみられるだろうとのことでしたが、
年齢のこともあり、以前のように戻ることはなく、おそらく今後も要介護1~3の間になるだろうと。

退院後の生活について、先生が本人に聞いてみたところ自宅に戻ることを希望しているそうですが、
私と弟は施設を希望。
そのことについて先生と話し合いました。

先生のお話によれば…
おそらく、自宅でもデイサービスを使ったりヘルパーさんにお願いしたりして、生活していくことは可能。
しかし、環境の問題であり、いつでもお酒を買える、いつものお店がある限りお酒を買って飲むでしょう。
そこにお酒がなければ、ジュースを買って帰るでしょう。

家族の方が退院後に施設での生活を望むことは大変多く、その方が家族としては安心なのは分かります。
ただ、本人は「施設=(昔で言うところの)姥捨て山」のような“家族に捨てられる”といった印象を受けるかもしれない。
アルコール依存症の人は、何よりも『家族との関わり』を求めているのです。
「アルコールによって家族が壊れていく寂しさ・辛さをアルコールで埋める」という悪循環にはまる。
それが止められない病気なのだと。。
だから、捨てると思わせないよう「面会に行くよ」とか、家族との関わりを持ち続ける安心感を与えて欲しいと。

そして本人の『娑婆への未練』があるかどうかが問題で、
未練があるなら、施設に行ってもどうにかしてお酒を飲むし、暴れたりもするかもしれない。
と、そのようなことを先生はおっしゃいました。

そっか…そうだったんだ。。
施設にいれると言うことは、そんな風に本人には思うんだ。。
私、自分のこと・弟のことしか頭になかった…

私は父を一人ぼっちの生活をさせたくないこと、
電話一本ですぐ届けてくれる酒屋のある実家の環境に父を戻したくないこと、
だけど一緒に住み、認知症の父を見ながら生活することは難しいことを伝え、
お酒を断ち、施設にて規則正しい穏やかな生活ができるなら、
できるだけたくさん子供たちも連れて面会に行きますと言って、
その後父と二人、庭のベンチに座って、その話をしました。

父は、だいぶ頭もしっかりしてきたようで、施設に行くお金のことも心配しているようでしたが、
年金の範囲内だけでやりくりできるようなところで、いいところをこれから探していくこと、
そして面会に行くことや、今はお酒を買えない環境にいることが必要だと伝えました。
そういうと安心した様子で、それなら頼む、と言いました。

父も、あの家に帰ることが不安だったと。
知り合いも多いし、いつでも酒が買える。飲まずにいられる気がしないのだと。

「俺はもう後はくたばるのを待つだけだ…こんなになっちまって、自分が情けない…」と泣きそうな顔で言う。

そんなの歳をとったんだから、当たり前だよ。お父さんだけじゃないよ。人はみんないつかそうなるんだから。
と言うと、
「そっか~そうだよなぁ。俺だけじゃないよなぁ」と笑って答えました。

この日、会う人会う人に「これ、俺の娘なんだ」と紹介してくれた。嬉しそうだった。
私、もっとお父さんに優しくしてあげなきゃ。もっと大切にしてあげなきゃ。

たくさん友達がいて、看護婦さんや同じように入院している方たちと楽しそうに会話する父の姿。
人間には人との関わりがとても大事なんだ。
一人でなんて寂しくて生きられないよね。


そうして、私はバスの時間がきて、笑顔で「じゃあまたね~」と言って帰路につきました。
病院から始発のバスの中は、私のほかに二人。
父の小さくなった姿や、悲しそうに笑う顔が浮かんでくる。
思わず涙が出た。

どうしたらいいのかな。何が一番いいんだろう。
寂しい思いをさせたくないし、弟に父の面倒をみてもらうこともさせたくない。
かといって責任を持って自分ができるかといったら、できる気がしない。
きっと心穏やかに生活することはできないだろう。
子育てにも影響がでるだろう。

私に今できるのは、金銭的に無理の無い範囲で、
父が規則正しく生活でき、お酒が飲めない環境に連れ出すこと。
人との関わりを持てて、寂しい思いをさせないよう心穏やかに生活できる場所を見つけること。
そしてできるだけ面会に行ったり、手紙を書くんだ。


施設探しは先週から父のケアマネージャーさんのお力も借りながら始めていますが、
今のところ「いいな」と思ったところは満室&待機もいっぱい。。
電話でこちらの状況説明に、施設側の状況説明などあるから、1本の電話の時間が長いこと長いこと^^;
全然決まりません。
電話で感触が良ければ、見学に行って~と進めるつもりですが、
第一段階が進みません…
電話が終わると、やっぱりどうしても気持ちが落ち込み気味になってしまう。
でも、これに慣れていかなきゃ!

まだまだ施設はたくさんあるんだから、父に合うところがきっとある!と希望を持って、
がんばっていきます!!


と、決意を新たに今日からがんばるつもりでしたが、
私、昨晩から妙に体がだるく、喉も少し痛いかも…と思っていたら、
今日は朝から37度5分…今は38度、やっぱり熱でちゃったか~~
まだ上がりそうだなぁ。。
久々に風邪をひいてしまったようです。。

電話をかけて話す自信が今日は無いので、
今日はネットで情報収集と、後は少し体を休めようと思います。
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近況報告 2

またまたご無沙汰いたしました。
私も子供たちも元気です^^
父も日に日に元気を取り戻しています。

さてさて…父のこと、近況報告です。

7月9日から21日まで特別養護老人ホームにショートステイしていた父。

昨日22日(火)久里浜のアルコール専門病院へ無事入院しました。

入院期間は3か月。
その間に退院後のこと決めなくちゃ。
もう一人暮らしはできないから。。

入院前ホームにいた時の16日には、介護保険の区分変更のため訪問調査があり立ち会ってきました。
「今日の日付を教えてください」の質問に
『昭和67年8月』と答えた父…父の中に平成は無かった…
質問の意味は分かっているけど、答えることができないもの・わからないもの・
とんちんかんな答えなものばかりでした…
脳萎縮…これからどれくらい回復するんだろう…とても不安です。

衰弱が酷くまだまだ全然立ち歩けませんが、最近食欲が出てきたようで食事は楽しんで食べてるみたい。
顔色が良くなってきたし、よくしゃべる。
でも相変わらずホームでも毎日『酒が欲しい』と言っていたようですが。。

入院して、リハビリして、元気になることを望んでるけど、元気になったらなったで飲みに行っちゃうよね。。
複雑な気持ち。。

とにかく昨日無事入院して一安心。
私もだいぶ気持ち的にも落ち着いてきました。
これで子供たちが夏休みの間は、父の心配をひとまず忘れて、
自分の家族のことを中心に過ごしていけそうです。


父が倒れてからの出来事をブログに記録して、たくさんの拍手とコメントを頂き、
本当にありがとうございました…!
真っ黒な気持ちでつぶされそうな時、あたたかなコメントを読んで励まされ、
自分が自分でいることができました。
本当に感謝いたします…!ありがとうございました!


父が倒れてから約一か月。
色々な出来事があり、辛いことが多い中、私にとって心癒されるひと時もありました^^
それは…
こん時にこんなこと言ってるなんて非常識で不誠実な感じなのだけれど…^^;
実は、今回父に関わる人たちがイケメン揃いだったこと^^!

まずは父の汚物だらけになった部屋掃除に来てくれた業者さん。
ジャ○ーズ系のアイドルのようなキレイな顔立ちのお兄さん!!が!!
父の汚物処理をしている………
なぜ?なぜここにこんな人がいるのか??なぜこの仕事を選んでいるのか???
謎は深まるばかり…^^;
掃除に関しての話し合いをこの人とやり取り。
イケメンだし気遣いあるし、若いのに会話もしっかりしてて、かっこいい~~
イケメンが掃除してくれると、部屋がより一層きれいになった気がする…
掃除はかなりの金額になりましたが、とても気持ちよく支払うことができました^^

掃除屋さんが帰宅してから、一緒に立ち会ってた弟に「すごいイケメンだったね!!」と浮かれて話したら、
弟「姉ちゃん、無理だよ。あの人結婚指輪つけてた」って。
え~~~><そんなぁ~~~
って!姉ちゃんだって無理ですけどっ!!^^;
って言うか、そんなところをチェックしてる弟にウケました^^

その後、一昨日までお世話になってた特養ホームの相談員さん。大変お世話になりました。
まるで俳優にいそうな、優しい顔立ちのイケメンで、背も高くて、
物腰柔らかで優しくて、すごくステキな方でした~
おかげで行くのが面倒になりそうな場所にあるホームにも、ウキウキしながら行くことができたのでした^^
弟に「この人もすごいイケメンだね~~!!」ってまたまた浮かれて話したら、
「姉ちゃん。今回も無理。指輪つけてた」って。。
ガーーーン
…って!だから姉ちゃんも指輪つけてるっての!!
と、まるで漫才でもしてるかのような姉弟だったのでした^^;

辛いこともきっと、弟となら乗り越えていけそう。頑張ろう。


父のことで真っ暗になりがちだった私でしたが、素敵な男性との出会いは
嫌なことでも楽しめてしまえるくらいのパワーをもたらしてくれたのでした^^!

もしかしたら、アイドル好きだったお母さんの仕業かも^^
きっと見守ってくれてるんだと思う。


さーーー気を取り直して、子供たちとの夏休みを楽しみます^^☆

夏休みが始まってから約1週間!先週末の三連休からイベント盛りだくさんで過ごした我が家^^
次回、ブログに記録します☆

近況報告

ご無沙汰いたしました。
私も、そして父も、元気です。

アルコール依存症による脱水症状と栄養失調で自宅で倒れた父。
救急車で運ばれて入院しましたが、入院4日目で肺炎発症。
意識不明の重体でしたが、抗生剤点滴が効き、意識を取り戻してからぐんぐん回復。

入院してから10日ほど経った7月初め、肺炎もほぼ完治となり、
主治医から今週中に退院するよう言われる。。

ちょ・ちょっと待って、退院って??
私、このままこの病院からアルコール専門病院へと転院を希望したはずですけど…!

と、先生に伝えると、
「転院はできません。○○さん(父)は常に“酒を飲みたい・酒を持ってきてくれ”と言ってます。
本人は断酒する意識はなく、転院を拒んでいるため、転院の手続きはできません」と。。

肺炎が良くなるなり、看護婦さんや先生にお酒を希望して困らせているそうで…
アルコール専門病院へは、退院してからご家族様が連れて行ってくださいと。。
それは迷惑そうに、できるだけ早く退院してほしいと言われました。。

実家は部屋中父の糞尿だらけで、家具類ほぼすべて廃棄処分したばかり。
父の布団や洗濯機など、日常生活に必要なものがないし、
自分の力で立ち歩くことはおろか、体を起こすこともできない父の介護をできるはずもなく…
途方に暮れた私と弟…

それから、はっと思いつき、いつも相談にのっていただいている、
父の地域のケアプラザの方に相談してみることに。

ケアプラザに向かい、事情を説明したら、親身に相談にのってくださって、
ケアプラザさんの方からも入院している病院のMSWメディカルソーシャルワーカーさんに
連絡・相談していただけることになりました。
それから、おそらく現在『要支援2』の父の介護保険はおそらく『要介護』となるだとうと予想されるので、
介護保険の区分変更を申請。


その後病院のMSWさんから連絡があり
「退院後一時的に介護付きの老人ホームに短期入所はどうですか?
その間にアルコール専門病院に行き、入院が決まるまでそこで見て頂く方法はどうですか?」と。

この連絡を受けたのは、父の退院日7月6日の前日でしたが、
翌日から入れるところを見つけて頂き、退院後そこに入所しました。

ところが…その介護付き老人ホームは、有料の施設のため、
1泊16.000円ほどかかるんです。。

すぐに次の病院に入院できればいいけど、長期ではとても払えない…><
そう…私と弟を苦しめているもう一つの問題はお金。。

私たち、父の貯金をあてにしていました。
退職金などまだ残っていると思っていたから。
でも、父がこうなって、家の中を調べたところ、父のお金はもうすっかりないことを知りました。。
何度も確認し、調べられるところまで調べましたが、もう本当にすっからかんなのです。
いったいどうしてそうなったのか?誰かに騙されたのか?あげたのか?
どこでどう使ったって言うの?!酒浸りの生活でなくなった本当になくなったの??

私も弟も自分自身の貯金から出し合い、それでも足りなくて生命保険を解約したり
親戚に頼んだり…本当につらかった。。

とにかくお金がないので、有料老人ホームに長くはいられない。
急がなきゃ!


◆7月7日(月)
娘のセカンドスクール出発日!!
残念ながら初日は雨…><7時過ぎに学校まで見送りに行った。
台風8号の影響も心配…無事元気に帰ってくるように…!!

この日に向けて色々手作りするはずだったけど、父がこんなことになっちゃって、
全然作れなくて、慌てて市販のものを買い揃えた。
ごめんね…

急いで帰宅して今度は息子を見送り、私は8時に横浜に向かって出発。
久里浜にあるアルコール専門病院へ。
いつもなら初日の検査は朝一から夕方までかかるのに、今回は今まで入院していた病院から
紹介状(検査結果)を用意していただいていたのもあり、検査が少なく、お昼前にすべて終わりました。

内臓もボロボロですが、それ以上に脳萎縮がかなり進行しているようです。。
父は、受け答えはしっかりできますが、最近の記憶ができないようです。
そして、今いる場所を自分の生まれ故郷・岩手だと本気で思い込んでいて、
自分の記憶にない昨日のことなどを、岩手の実家での作り話をして話すのです。。

アルコールによる脳障害。恐ろしい。。

入院はすぐその場で決まりました。
父の拒絶はありません。散々お医者さんに厳しい現状を伝えられた後ですからね…さすがにノーとは言えなかったのでしょう。。って言うかノーなんて言わせてなるものか…!

しかし、現在空きがなく、最短で22日入院…!
あと2週間!?そんなに長い期間介護ホーム代払えない…><!

慌てて、ケアプラザに電話相談。安いところを探してもらう。
運良く、翌日8日にショートステイで入れてもらえる特別養護老人ホームが見つかりました~!!

そこだと、介護保険が適用され1日2500円ほど。
は~~助かったぁ…と、私は思いましたが、弟が「そんなに安いところだと心配だ」と言い出したため、
見学に行くことに。

突然の訪問見学でしたが、親身に丁寧に施設内を案内していただけて、
施設設備やスタッフさんたちも大変素晴らしく、安心して翌日の入居を決めてきました!

◆7月9日(火)
有料老人ホームから、特別養護老人ホームへと引っ越しするため、父を迎えに行ったら、
スタッフの方から「昨晩は大騒ぎでしたよ~」と言われ…

実は昨日病院の検査に向かう時、父にうっかり携帯を渡してしまったんです。。
その携帯を使い、親戚・友人・知り合いという知り合いにお金を要求し、
タクシーを呼び、出前を頼み(お酒)、挙句の果て110番にまで電話して、お酒を要求してる始末…

………

ショックすぎて言葉も出ない。。なんてことしてくれたんだ…!!!
全て施設の方で対処して下さったとのこと。。
申し訳なくて申し訳なくて泣きそうだった。
当の本人はケロッと忘れてるらしい。
いや、たぶん忘れたふりをしているだけのように私には思える。。
即携帯没収。

父を車(弟がレンタカーを借りた)に乗せ、次のホームに向かう途中。
私の心の中は真っ黒いものでいっぱいだった…!!

なんなの?この人、本当に私の父なの??
かろうじて父の姿をした悪魔じゃないの??

「そんなに飲みたきゃ、飲みたいだけ飲んで勝手に死ねば」と、口から出てしまった。

弟がキレて「姉ちゃんは黙ってろよ!!」と怒鳴る。



私たち、どうなっちゃうんだろう…

無言の車内。
次のホームに到着して入居手続き&契約。
その際に今回おそらく要介護となると予想されているため、
地域のケアマネージャーさんがつくことになったため、その方との契約も同時進行。

この日は夕方から学校での委員仕事もあり、8時に横浜に向かってお昼も食べずに2時には帰宅に向かう。

毎日片道2時間の道のりを往復…
それよりなにより、父の昨晩の事件に心が折れ、心身共に疲労感でいっぱい…
父より早く私が倒れたりしてね…

◆7月10日(水)
自宅のたまった家事、買い物をする。
買い物途中に、特養ホームから電話…嫌な予感><

ベットから、自分で動こうとして転倒したらしい。。
立つこともできないのに…
とにかく買い物(酒)がしたいらしいとのこと。。
スタッフさんから、認知症フロアへ変更の話を頂き、承諾した。
見守りが厳重な認知症フロアに移動することになった。

夜、学校からの連絡網。
娘のセカンドスクール、台風接近のため帰宅を1日切り上げ、明日11日に帰ってくることになった!!
残念だけど、しょうがないね><
とにかく無事元気に帰宅できますように。


◆7月11日(木)
今日は今のところ父のことで連絡なし。
このまま心穏やかに過ごしたい…

娘ももうすぐ帰宅します!
雨が酷くなる前に到着するといいな。。


来週までには父の入院準備品を購入してまとめておかなくちゃ。
それから、介護保険の診察訪問があるので立ち合いに行く予定も。

久里浜に入院するのは今回で3度目。
入院中が一番安心。


父はもう治ることがないのかな…って思う。
昨日の記憶はわすれるけど、酒のことは忘れない。

体の中の“アルコール”という毒素はなくなることはないのだろうか。
人格まで変えてしまう恐ろしい病。
周りの家族までも感染していくようだ…私の心は真っ黒に染まったところで恐ろしいことばかり考えてる。

先の不安もいっぱい。
弟がかわいそうで仕方ないよ。。

私たち、いい方向に前進してる??
間違ってない??
正解はあるのか?道なき道を歩いてる。。

父が倒れました

父が倒れました。
現在入院中です。
土曜に救急搬送、その後病状は安定したのもつかの間、
水曜に意識不明の重体、その後意識を取り戻しましたが、
現状はあまり良くはなく…予断の許さない状況が続いています。


以下、今までの状況説明です。
私も今までのこと整理して記録するために記載します。

6月21日土曜日、昼過ぎに弟から電話。
「親父のマンションの管理人さんから電話が来た。回覧板が親父のところで止まってるらしい。
電気やTVは付いているようだが、人のいる気配がないようで心配しているみたいだ」と。
私も父に電話してみたが、出ない。。
どんなに酔ってても電話には大抵出てくれる人だったのに。
寝てるのかな?夕方まで頻繁にかけてみたが電話に出ない。
さすがに心配になって弟に電話。

弟「今実家に向かってる」と。
弟は、次の休みの日曜に実家にいくつもりだったらしい。
だけど、たまたま近くにいた父の病状(アルコール依存症)を知っているを友人が、
『今すぐ行った方がいい。何だか今回は危険な気がする』と。
いつもならそんなこと言わない友人が早く行け早く行けと急かすから、早上がりして実家に向かったそう。

玄関を開けるとチェーンがかかっていて入れず。
少し開いたドアから、悪臭。
ベランダから不法侵入して窓をあけようとしてもどれもしまっていて入れず。
中を確認しようとレースのカーテン越しに中を覗いても父の姿は見えず。

私に電話。
弟「警察呼ぶ!」

その後、警察・消防・救急車が到着。
消防隊員がドアチェーンを切る。
中に入ると、リビングの机と台所のカウンターの細い隙間に父が倒れていた。
息はある。
救急車に乗せられたところで弟から電話がきて父が生きていることを聞く。

夜8時を回ったころ。
父の状況は弟にもわからないらしくて、私はどうしたらよいかパニックになっていたら、
帰宅した旦那が「俺が行ってくる」と。

まだ搬送される病院は決まっていなかったが、旦那は横浜方面へと車で出発した。

その後、弟から連絡あり、父が糖尿病で通っている総合病院へ行くとのこと。
旦那にも伝え、私は子供たちを寝かしつけて、ただただ連絡を待つ。

父の状況が分かるまでだいぶかかった。
その間、電話で倒れている状況を聞いたり、実家の状態を聞いたりした。
実家は、酒の瓶(主にワンカップ)の山と、糞尿垂れ流し状態の部屋で、ハエがすごいとのこと。。

近くのホテルなどを探しておいてと言われたので、パソコンで検索した。
その際、部屋掃除の業者も思い付き、検索していた。

11時ごろ、先生から説明があった。
脱水症状をおこしていた。
アルコールによって、かなり衰弱していたが、危機的状況は免れたとのこと。
そして、遠まわしに、アルコール依存症の患者が迷惑がられていることが分かった。。
長くても1週間しかここにはいられないようだと、連絡があった。。

翌日、父の意識はしっかりしていて、命に別状なしとの連絡を受ける。
アルコールが原因であることを知って、子供たちを合わせるのが嫌になった。。
明日月曜、子供たちが学校に行っている間に病院に行くことに決めた。
汚宅専門の業者を探して連絡、月曜に見積もりに来てもらうことになった。

月曜、面会は午後からだったため、まずは実家へ。
想像を絶する部屋だった。マスク・ゴム手袋必須。
廊下から続く汚物の山。
リビングは酒瓶・汚物だらけ。何もかももうダメだ。捨てなくちゃ。
洗濯機の中も酷いことになってる。トイレはドアを開ける勇気がない。。
数か月前に購入した宅配してくれる酒屋さんの手作り弁当が腐ったまま大量にリビングに放置。
ハエがすごい…すぐにでもこの場を去りたかったが、必要な書類を探さなくては!
散らかった郵便物をチェックしていくと、未払いの請求書等や督促状が出てくる出てくる…
弟と手分けして電話かけまくり。
その後、区役所に行って限度額適用認定証をもらってくる。
それから病院に行って入院手続きを済まし、面会へ。

骨と皮しかない父のやせ細った姿。
最後に会ったのは3月末の母の法事の時。
その時親戚一同から優しく励まされ、
その後一か月ほどはお酒の量が減り、かなり調子が良さそうだったので安心していたんだけど、
この1ヶ月くらいかな…お酒の量が増えて、昼間もかなり酔ってるような電話での声だった。
この酔っぱらった声を聞くだけで、正直私は本当に不快な気持ちになり、会いに行く気が起きなかった。

そうして、父は食事もとらず、お酒だけを飲み続け、立ち歩けないほど衰弱。
お酒が無くなったが、手持ちのお金もなくなり宅配で酒を頼めなくなったが、
お金をおろしに行くこともできず、水を飲むという選択は父にはなく、
脱水症状となり、倒れたのでした。

そんな父、意識はあり、私たちのこともちゃんと理解できていてまずは一安心。
だけど、自分がどういう状況なのか、全く理解しておらず、困った様子もなく、
なんでお前たちがここにいるんだ?みたいな態度…

この日、主治医の先生とはお話できず、翌日火曜に予約して、また実家へ。
掃除屋さんの見積もり。
ソファーやベッドに布団、マッサージチェアに洗濯機などなど、処分するものや、
水回り全般のクリーニング。
汚物で汚れた箇所を洗浄・脱臭。
すごい金額になった。
でも早くやらないと近所迷惑になってしまうし、私と弟では手におえない。。
業者さんに頼んで、この日は帰宅。

火曜日、弟は仕事のため、私一人で主治医から状況説明を聞きに行く。
わかっていたけど、アルコールが原因であるということ。
脱水症状は落ち着いたので退院できるということを伝えられたものの、
実家の状況を伝え、今は家に帰れないこと、
このままアルコールの治療をしたいこと、アルコール専門病院への転院を希望した。

転院の手続きをとってもらうことになり、一安心。
父の容体も安定。相変わらずふてぶてしい態度にやや腹が立つ。。

水曜。この日は面会に行かなくても良いだろうと思ってた。
転院の日程の連絡を待ってるだけで良いだろうと。
子供たちが学校に行くのを見送り、たまった家事をしていると病院から電話。
父の容体が朝方から急変。肺炎を起こしているようだ。意識不明の重体。すぐに来てください。と!
そんなバカな!!
弟にも電話。
私は荷物をまとめて学校に向かい、子供たちを早退させ一緒に病院に向かう。

人工呼吸し、目の開かない父の姿。嘘みたい。昨日普通にしゃべったのに。
ともっちが大号泣。
私も泣いた。

主治医から状況説明受ける。
痰が呑み込めず、食べる時にもむせて、食べ物や痰が肺に入り、炎症を起こしたようだと。
血圧も低下、点滴で血圧を上げ、抗生物質も投与しているが、
血管がたいへん細いこと、刺す場所を変えていかなければならないが、それが限られていることが告げられた。
このまま意識が戻らない可能性もある。
今後危険な状況になった時、どうされるか決めてください。と。。
私と弟は、意識が戻らないようであれば、その時が来たら自然に任せたいと伝えた。
心臓マッサージや気道確保は行わなくてもよい、と。

弟が親戚に連絡。
近県にいる伯母(父が一番慕っている父の姉)が来てくれた。
伯母が父に必死に話しかけると、返事が返ってきた!
目は開かないけど聞こえてる!
「誰かに会いたい?」と聞くと、父が親戚の中で一番仲の良い甥の名前が。
意識が戻ってきてる!
そして夕方、父の目が開きました。
意識を取り戻し、孫たちや姉の姿を見て笑顔に。
抗生剤が効いたんだね。

良かった。
一安心して私は子供と帰宅。
弟は近くのホテルで待機中。

そして今日。
病院から連絡もなく、弟も近くにいるため私は今日は自宅。
学校の委員活動があった。
久々に子供の習い事にも行く。
いつも通りの生活。なんてありがたいんだろう。
父のこれからのこと、色々考える。


明日は子供たちが学校に行ったらすぐ、実家に向かいます。
業者さんが掃除に来てくれるので立ち合い、指示をだします。
クリーニングの合間に面会にも行くつもり。

そして、父の一番会いたがってる叔父が岩手から来てくれます。
二人っきりで話したらいいと思う。
喜ぶかな^^


肺炎、良くなるか悪くなるかまだわかりません。
まだまだ予断を許さない状況です。


父が家で1人孤独死しなかったことが本当に良かったと思う。
管理人さんや弟の友人、そういった周りの力が私たちを動かして、父を救うことができたこと、
きっと、まだ死ぬ時ではないのだと、ここで死んではだめなのだと、母が天国から言っているんだと思った。
こういったときにはそういう不思議な力が我々を動かすんだね。奇跡のように。

そうして、父が危篤になった知らせを受けた時には、こうして皆に見守られながらここが最後なのかと思いましたが、
それも違ったみたい。
でも明日、一番会いたがっている甥に会った後、その後が実は不安だったりするのですが…



私は思った以上に冷静でいる感じですが、時折、心と体がバラバラになってうまくコントロールできないような時もある。
ボーとしたときがあったり、泣いてみたり、友達と笑いながら話もできたり、
父の死後のことも考えてもいる。私、こんなんでいいのかな??大丈夫?
色んな不安がいっぱいです。


しばらくブログも放置気味になるかもしれません。
でもまた今みたいに吐き出すかも。

何が一番父にとっていいことなのか、わからない。
父の望んでること、聞いてみても無言のまま。。
どうしたいの?何を望んでいるの??
私たちはどうしたらいいんだろう…
何ができるんだろう。


ザ・マスター

映画を観ました。
大好きな映画『マグノリア』の監督ポール・トーマス・アンダーソンの新作映画をDVDレンタル。

ザ・マスター
2013.12.14ザ・マスター
この映画を観る前に『ヒッチコック』を観て、それに入っていた新作紹介予告で気になったもの。

「新興宗教サイエントロジー創始者をモデルに人間の深層心理に鋭く迫る問題作。第2次世界大戦後、精神に傷を負った元兵士が宗教団体の教祖と出会い、関係を深めていく様子をスリリングかつドラマチックに描く」



ホアキン・フェニックス演じる傷ついた元兵士…アルコール依存症だ…!
驚くほど私の父に似ている…!!
何だろう…人格?アルコール依存症となった男性は皆こんな感じになるのだろうか??
見た目のくたびれ方も同じ。
これってホントに演技??!って思えるほど迫真の演技だった!

そんな元兵士が宗教団体のフィリップ・シーモア・ホフマン演じる教祖と出会ったことで、
どんな風に変わっていくのか、私は大変興味があった!

確かに触れ合えたところもあった。救うことができると思わせてくれた。
でも結局、変えることなんてできなかった。。
アルコールによって精神を病んだ人をわかってあげることなんて、教祖にだってできないんだよ。

でも不思議だね、男同士って相手がどんなであれ分かり合える部分があるんだよね。
自分の中にどこか似たところを見つけたり、自分の中の憧れがあったりね。
だから、女と違って相手に優しいの。
女には理解しがたい部分があるから突き放せるわよ。冷たいの。
教祖の奥さんの考え方はまるで私!

ラストの受け止め方は、それぞれ違うのだろうけど…
私は、教祖が元兵士を愛し、手放したくはないけど手放す覚悟も持ち、
それを感じ取った元兵士は、愛するがゆえにその場を去る。

アルコール依存症の人は、自分で自分を見つめなおすことが必要なんだ。
真実と向き合い、人と触れ合うことで傷は癒されていく。

今後の彼がどうなっていくのかはわからないけれど。。

この結果を導いていったこの教祖さまはやはりすごい人なのだ!!


観終わった後、複雑な気持ちではあったけど、決して悲しい結末ではなかったからほっとしたかな。
でも決して楽しめる映画ではないから、見るのは覚悟がいるかも^^;




**********************************************************************



話が長くなりますが、実は今、アルコール依存症である父のことがまた緊急浮上。。

この映画はなんともリアルタイムに観ることになってしまった。
まさか傷ついた元兵士がアルコール依存症だとは予告編でわからなかったしね^^;

そんな状況でこの映画を観ちゃったもんだから、私自身の家族のことも考えさせられた。



今年春から夏にかけて二回目のアルコール施設への入院、退院後すぐ飲酒。
そして五か月ほど経った今、また酷い状況になりかけてます。

夜眠れず、酒を飲み、昼間寝続けて、また眠れない夜を酒で過ごす。こんな生活みたい。
だから昼間電話にほとんど出ないし、夜は泥酔していて話にならない。

それでも、私はまだまだほっとくつもりでいた。

自分で断酒する意思がない父を変えることはできないし、
父の人生なんだから、好きなようにすればいいって、開き直ってしまってたから。

でもね、私たち家族以外の人たちが放っておいてくれないんだ。

ケアプラザの方。父を心配してくれて時々家に訪問してくれる。
その様子を私に電話で伝えてきてくれる。
現在、家の中で足元おぼつかず転倒し、顔面に内出血があるらしい。

親戚の叔父さん。私の父のお兄さん。
「電話しても出ないぞ!おまえ見てこい!」って。。



そんなに弟が心配なら自分の目で見てきて。って言いたい。言えないけど。。
自分が話したいときに話せないからって、私にあたらないでほしい。
父を心配してくれるのはありがたいと思う。でも私にだって生活がある。失礼すぎるんじゃないの??

性格悪いかな…私。
あ~ヤだなぁこういう自分><もっと優しくなれないもんかな><。

色々悶々としてきて、このところ毎晩弟と電話してお互い気持ち吐き出したり、
今後の対策を練ってる。
弟がいて良かった…7つ年下で、お母さんが他界してからずっと私が守らなきゃって思ってたけど
今は頼りになれるくらいしっかりして、私、少し甘え過ぎちゃってるかな…

今週はアルコール施設、心の相談窓口、精神福祉センター、区役所に電話して相談した。
とても親身になって話を聞いてくれた。今までのことも話した後で、
「お父さん自身が困った状況にならなければ、入院してもあまり意味がないかもしれない。」と。。
お父さんが困る状況…改めて考えてみると浮かばない…!
生活に困ってないんだもの><お金はあるし、買い物は宅配で届けてもらってるし。。
外出しないから他人に迷惑かけないし、1人で家で飲んで、たまに転んで怪我するくらい。
その怪我がもうちょっと酷ければ困る??

そんな話をしていて、
「連絡を取るのをやめてみるのも手。お父さんが困って助けてくれと言うまでほっとく方法もある」と。

でもそれでほっとき過ぎて死んじゃったら…?
「それはお父さんが自分で選んだ人生なのだから仕方ないのだと諦めるしかないかな…」

うん、わかる。わかってる。だからそうしてきたんだし。
じゃぁこのままほっとく方法でいいのね?
そっか、よかった…相談員さんに後押ししてもらってほっとする。


でも…しばらくするとまたいろいろ考えちゃうの><

誰にも看取られず、たった1人で部屋で冷たくなってたら…?
そんな姿を思い浮かべると胸が張り裂けそうになる!!

助けてあげられない無力感が私を包んで落ち込ませていく。。
こんなんじゃダメだと、何とか自分を奮い起こす。

私は、どうしたいんだろう。。
時々わからなくなってくる。

冷たい気持ちになったり、優しい気持ちになったり。コロコロ変わる自分の心。
どっちが本心?自分でもよくわからない。。

ただ、すごく怖いよ。
お父さんがいなくなることが。
こんな父でも生きていてくれてることが、私の支えでもあるから。
誰よりも私の味方をしてくれる、たった一人の父親だから。
失いたくない。でもそれって私の自分勝手なわがままなのかな。
好きなように飲ませて過ごさせてあげるのも優しさなの…?
正しい答えはあるの??


死への階段をたった一人で降りていく父の姿を想像する。
立ち止まって!振り向いて!
振り向いた先に何かみえるでしょう?

一度目の退院後、子供たちと一緒に海に行ったね。
「生きててよかった。お前のおかげだ」って言ってた。
2012.7江の島
またみんなで海に行きたいよ。
Theme: 映画感想 | Genre: 映画

父のこと

アルコール依存症の私の父のことをブログに書いてから、
心配してくれたり、アドバイスをくれたり、励ましてくれる方たちがいて、
この先の全く見えない真っ暗な未来に、光を灯してくれて、
私の向かう方向を導いてもらっているように思いました。
頑張らなくてもいいことも教えてもらいました。
このことで、私はとても救われました。
ありがとう。感謝しています^^*

父のとのその後の関わりのことですが、まず、家の電話を着信拒否にしました。
1時間に10回ほど、酔っ払って用もない電話をかけてくることがあり、私も平常心でいられなくなったからです。
酔っ払いの電話相手ができるほど私は暇じゃないし、優しくもないし強くもないから。

父にはメールで、電話を着信拒否にしたこと、私の気持ち、父への思いなどを書き、
要件のみメールで伝えて欲しいと書いて送りました。

家の電話は鳴らなくなり、静かになりました。

実は携帯電話は着信拒否をしていないのですが、携帯にもかかってこないので、
私の送った渾身の一撃メールを理解してくれたものと思いたい。

メールは、本当に要件のある時のみ、週に1・2回程度送られてきます。その返信はしています。

メール内容は誤字・脱字も無く、いたって真面目な文章なので、
おそらく、酔っていないのだろうと予測しています。

今までの経験上、酔って書いたメールは誤字脱字どころか、日本語ですら無かったですからね^^;




一昨日の29日は退院後初めての父の通院日でした。
前もって日にちを聞いていたのですが、酔っていたら行けないだろうな…と思っていました。
先々週の歯医者も泥酔してドタキャンしていたし。
気になってはいたけど、私からはそういったことの連絡はしないと決めていたので黙っていました。

そうしたら、その日お昼頃父からメールが。
「病院に行ってきた。退院後すぐ飲酒したことを先生に話した。もう酒はやめたいと話した。
先生が今年発売された新薬を試してみないかと言われたので、飲んでみることにした。
通院も2週間おきに行くことになった」と。

そっか、ちゃんと一人で病院に行って、正直に先生に話したんだな…って思って、
その姿を想像したら泣きそうになった。

父も酒をやめたいと思う気持ちがあるんだよね。。

自分自身でが自分の病気と向き合って、本当にやめたいって思わないと、
周りがどんなにがんばってもなんの力にもなれないから。


今回父を見捨てるような、突き放した感じが、もしかしたらよかったのかもしれないなって思ったりもした。
酔っ払ってても電話の相手をし続けていたり、実家に会いに行ったり、そんなことしてたら

“酒を飲んでる自分でも愛されている、家族なんだから見捨てられるはずがない”

と甘えて思っていたことだろう。


それを今回、

「お酒を選ぶなら、大切なものを失う覚悟で!
大切なものを失うのはお父さんだけじゃない。私だって失うんだよ。
私はその覚悟を決めた。お父さんも覚悟を決めて」

と私は言いきったから、父にも今までにないただならぬ気配を感じ取ったんじゃないかな…

お父さん自身が選ぶ自分の人生だもん。
私があ~だこ~だ言っても、仕方ない…

私は遠くから、見守るよ。
今はそれしかできないから。

父のこと…

昨日・今日と電話で父と話すと、もう明らかに酔っていることが分かりました…
2度目のアルコール施設への入退院…おそらく今回は退院後すぐに飲んでいるのだと予想しています。
昼間ずっと寝続けていること、寝ぼけた声、嫌な予感は、やはり当たっていたんだなぁ。。。><

昨日、子供たち二人が終業式でいない時間に、
病院に電話して相談しようと思っていましたが、この日旦那がダウン…
この一カ月まともに休んだのは1日だけ…
昼間休んでも夜勤があったり、日々仕事時間が変わるので、体がついていかなくなったのでしょう。
食欲なく、顔色も悪くて、昼間仕事を休んで、寝て起きてをこの日繰り返していました。

父のことで、頭がいっぱいだった私は、はっと我に帰り、
旦那のことが心配だし、心配させてもいけないしで、病院への電話はやめました。。

この日、昼間寝続けた旦那は、調子が悪そうなまま、夕方から仕事に出かけたのでした。


そして、今日も朝から旦那は仕事へ。明日も仕事の予定。
休日出勤なら、平日休み取れたらいいのに、それもできないらしくて(現場が忙しすぎて)
私の出来ることと言ったら、栄養のある食事作りとマッサージくらい?家のことで心配させないことかな。。
これ以上旦那も無理そうだもん。私の父の相談なんてできない。

今日も電話してみると朝から飲んでいる様子の父…
「明日お前の家に遊びに行くからぁ」なんて言っている。無理に決まってる。
「うん。わかった。」しか返事しない私。適当。
だって飲んでる人になに言っても無駄なんだもの。。

その後、お義母さんから電話がきた。
元気そうないつものばあばの声にほっとする。
義母「夏休み始まった?岩手にはいつ行くんだっけ?」って。
日程を伝えると…お義母さんからビックリな話が…
一番元気だったお義母さん、腕に良性腫瘍ができ手術入院すると言うのです><!
それがなんと、私が岩手に行く予定の前日に入院><
お義母さんは「こっちは大丈夫だから、岩手に行ってきなさいね。お父さんも楽しみにしてるでしょ」って。
ううっ…お母さん…ごめんね><私の父はダメみたいだよ。一緒に行けそうにないんだ><
そう伝えて、お母さんだって大変な時に、私は思ってること悩んでること吐き出してしまったぁ><

お母さんは「冷たいことを言うようだけど、飲む飲まないを決めるのもお父さん自身なんだから、
あなたがどうやったって、やめさせることはできないわよ。本人が決めることなのよ。
だからあなたがそんなに気に病むことはない。あなたのせいじゃない。」って言ってくれて、救われた気持ちになりました。お母さんは菩薩のよう。。
お母さん、心配ばかりさせる嫁でごめんなさい。。
手術無事何事もなく成功して終わりますように。

電話を切って、色々考える。
お母さんの手術入院は2日。
その間、昨年入退院を繰り返したお義父さんは大丈夫だろうか…
退院後、腕を使えないお母さんのお手伝いに行かなきゃならないのではないか…
でも子連れで行って、かえって休ませてあげられないかも…
岩手行きをキャンセルして、お母さんに心苦しい思いをさせることになるのではないか…
子供たちをがっかりさせるのではないか…

色んな事が頭の中でぐるぐるぐるぐる…

そんな時にまた父から電話がくる。特に用事がなくても電話してくる(酔ってるから)。
その時にお義母さんのことを話すと、
「じゃあ俺が看病しに行くわ~」って。。。バカじゃないの?バカじゃないの?!!
もう、お父さんのことなんて、もういい…!
勝手に飲んでれば!!
もう私からは電話しない!!

どんなに優しくしたって、泣いて頼んだって、怒ったって、酔ってる人の心に伝わるはずもない。
この無力感…耐えられない…!!
私が父のために努力しても、考えても、お酒の力には勝てない。


いつも相談にのってもらっている友達や、ブログを見た友達、
そして拍手で励まして下さった方どうもありがとう!
そんな支えがあって、アドバイスをもらえて、私はこんがらがった頭を整理させてもらえて、
元気をもらって、今落ち着いていられます。

私にとって、一番大事なことは今の自分の家族なんだって気付かせてもらいました。
旦那の体調が今一番心配なところで、子供たちに心配させないことが大事で、
お義母さんのことは、本人と相談して決めていき、
一番最後で自分の父のこと。。考える。

子供たちも夏休みに突入して、お出掛けを楽しみにしているのに、
私が暗い顔じゃ、やんなっちゃうよね。
もう父の心配は心の奥の奥の奥にとりあえず引っ込めておこう!
熱中症とか、心配だけど…たぶん電話こなかったらしちゃうかもだけど…><(意思弱い)

来週アルコール施設には電話して相談してみることにする。
こういった一人暮らしの依存者の生活できるリハビリ施設のようなところ、ないのか聞いてみるつもり。

私にできることってこれぐらいかな。
断酒会に参加してみたいけど、子連れ参加って出来るのかなぁ?
これも聞いてみないと。

がんばってもがんばっても無理なことって、世の中にはあるんだね。。。



さ~私、自分自身のこと自分自身で労わってあげよ~^^
まだ帰ってこない旦那のことが心配だけど…
帰宅後にお母さんの手術入院を伝えることが怖いけど…
心配しててもしかたないし。
帰宅したら目いっぱい大事にすることにして、子供たちが眠った今、少しだけ好きな音楽聴いて
縫い物の話をブログに書いて、テンション上がったところで縫い物しよう!そうしよう^^!!


暗い話ですみません…
前向きなのが私の唯一の良いところだったはずなんだけど^^;今回ダメだったぁ^^;
人生楽しいことばかりじゃないもんね。
辛いこと、乗り越えられるように元気つけなくちゃ^^!

ではでは、また^^!!
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